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Mail Magazine「Digicamworks

読者の皆様の写真及び記事を募集しております。 編集発行者までお寄せ下さい。
Please send your photos and articles to the editor/publisher.

第21号/N21

平成18年09月03日発行(Sept 03, 2006)

ホームページは/Home Page http://digicamworks.net/

7月のホームページへの訪問総数: 7304

The number of visits to the Digicamworks Home Page in July: 7304


既刊は/For past issues メールマガジン「デジカメワークス」の既刊


目次

目次クリックすると各作品へジャンプします
読者の投稿写真/Readers' Photos
連載・「新スペイン便り〜第3話と第4話」/ "A letter from Spain #3 and #4" by  森 統氏/Hitoshi Mori
写真と随筆「長良川逍遥」〜笠原 裕二プロ
編集後記

   

1. 読者の投稿写真


   読者の皆様の投稿写真を鑑賞する欄です。投稿写真はジャンルを問いません が、公序良俗に反するもの、プライバシーに反し肖像権に抵触するものはご遠慮下さい。投稿先は 神原幹郎です。

   デジタルイメージをモニター上で正しく見る際には、モニターが正しく補正 されていることが条件となります。補正にはそれなりのソフトウェア、機器が必要とされますが、それが無い場合、 最低限必要とされるのはモニターの明るさとコントラストを調整することです。下に示した画像を使い簡易補正さ れることをお薦めします。 明るさの補正は下の画像の特に最両端の白と黒が隣り合わせるものと区別できるように モニターを調節します。

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   森 統さん(Madrid, Spain)、 「スペイン中西部ポルトガル旅行」、17点

   作者コメント:「残暑お見舞い申しあげます。
   この週末、スペイン中西部ポルトガルに近いZamoraというところ にいってきました。ついでに足を伸ばして国境を越えたポルトガルとの Miranda de Douroという町で峡谷遊覧の船に乗ってきました。」


   「写真は最初の7枚が Toroという町で撮ったものです。 この町は古く由緒のある町で、ロマネスク建築のたくさんあるところです。12世紀 から13世紀に建てられたものが多くのこっています。またワインの名産地としても 知られています。」

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2093;町の入り口の時計塔で18世紀に立てられたもの。

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2096;12世紀に建てられたSanta Maria教会。

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2098;同上教会の裏から見るドゥエロ河に掛かる中世の石橋。

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2103;同じくSanta Maria教会

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2106;Toroの町のメイン通り。

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2112;同じくSanta Maria教会の正門のアーチの彫刻(12世紀ロマネスク)

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2113;同上


   作者コメント:「Zamora市はZamora県の県都で Toroと同じように古い歴史を持つ都市です。ここで最も名高いのはカテドラルで中央 ドームの屋根が瓦ではなく石で葺かれでいるのがているのが特徴です。この方式はサ ラマンカの旧聖堂と並んでスペインでは数少ない建物です。これはToroのSanta Maria 教会とほぼ同時期に立てられました。(1150年着工)。」

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2140;聖堂のドームのアップ。

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2146;聖堂の全景

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2148;同上

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2186;同上遠景


   作者コメント:「市外で一泊したましたが、 翌朝の散歩が気持ちよくついつい色気を出したものです。」

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2192;夜明け

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2206;ドゥエロ河の夜明け

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2212;ドゥエロ河の夜明け


   作者コメント:「ポルトガルの国境の町 Miranda de Douro-ここでスペインのDuero河はDouro河と名を変えます。河を渡 ると国が変わり、言葉が変わり、建物の色までがかわります。」

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2224;丘にそびえる町。

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2231;峡谷の左がスペイン、右がポルトガル。

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峡谷

   関連サイト

    Zamora, Spain, Wikipedia, the free encyclopedia

    Miranda do Douro, Wikipedia, the free encyclopedia

   編集者コメント:この辺りまでくると日本人の観光客も 少なくなるのでしょうか、検索しても日本語では出てこないようです。従って我々には非常に 珍しい写真です。森さん、ありがとうございます。古い石造りの重厚な文化、真っ青な空、 とても印象的です。

   Miranda do Douroでは地方語があります。「アストゥリア語(Asturianu)は、 アストゥリア・レオン語、レオン・アストゥリア語とも呼ばれ、スペインのアストゥリアス州と カスティーリャ・レオン州レオン県の一部及び、ポルトガルのミランダ・ド・ドウロ地域で話さ れるロマンス語の言語である。なお、ミランダ・ド・ドウロでは公式にはミランダ語と呼ばれる。 アストゥリアスでは、自治政府の法律の下に保護されていて、学校では選択言語となっている。 アストゥリア語とカスティーリャ語(スペイン語)の間にディグロシアコンフリクト(近接言語 間の社会的衝突)があり、幾人かの学者はアストゥリア語はカスティーリャ語の方言であると考 えた。しかし、現在ではそれぞれ異なる言語であると考えられている。 この言語はラテン語から 発達し、イベリア半島の古い部族であるアストゥールの領土で話されていた前ロマンス言語群から 影響を受けている。後の14世紀に政治的、宗教的に占領するために中央の統治者が使者と役人を 送ったときにカスティーリャ語がこの地域に来た。1980年以来、アストゥリア語を保護し、推進 するための多くの努力がなされている。しかし、アストゥリア語の状況は深刻であり、この100年 間で多数の話者の減少が起こっている。ポルトガルでは、それを考慮して、この言語を保護する より進んだ段階を取っている。」(アストゥリア語・フリー百科事典・ウィキペディア(Wikipedia) より)。様々な人種と文化が混ざり合って文化の華を開花させたイベリア半島ではのお話ですね。


   金子久隆さん(横浜市)、 「ヨコハマカーニバル ハマこい踊り炎舞2006」、6点

   作者コメント:「ヨコハマのビッグイベント。 「ヨコハマカーニバル」が、晴れ渡った青空の下 過去最多の73チームで行われました。 「高知よさこい鳴子祭り」を横浜らしく楽曲に「赤い靴」のメロディを組み込み、手に鳴 り物を持ってエネルギッシュに会場を盛り上げていました。」

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   関連サイト

    ヨコハマカーニバル公式ページ ハマこい踊り

    カナロコ「ヨコハマカーニバル始まる/横浜駅周辺など」・神奈川新聞

   編集者コメント:お〜、スゴイ!!金子さんの力量発揮の 作品です!!踊り子たちの熱気が伝わってきますね!!\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

   今年のハマこい踊り:「沢渡中央公園で行われたハマこい踊りコンテストには、 市内外から四十七団体、約三千五百人の踊り手たちが参加し、演舞を競い合った。」 「約三千五百人の踊り手」とは凄いですね!!(上掲リンクより)


   笠原 裕二プロ(岐阜市)、「奥揖斐の秋」、2点

   作者コメント:「ときどき、この景色は誰にも見せたく ないというくらい好きな景色に出会うことがある。この場所がそうで、教えたくは無いのだが、 揖斐峡のすごく奥地である。(言ってしまった)皆様も一度チャンスがあったら、撮影してみ てください。傑作が撮れますぞ!」

   Photographer's comment:"I meet sometime the view which I don't want tell the place anybody. Too much beautiful view! mmmm, Honestly say, I don't want to tell where here is. But this is service! Here is Deep Ibi ravine. If you get chance to go, Try to take masterpice."

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奥揖斐の秋(Autumn in Deep Ibi-ravine)

   作者コメント:「この写真も、揖斐峡の秋を写したものだ。 いかにもと言う写真だが、良い景色は良いものだ。」

   Photographer's comment:"This picture is Deep Ibi ravine too. There are too many this kinds of picture, But good view is good!"

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秋の揖斐峡part2(Autumn in Deep Ibi ravine)

   関連サイト

    笠原 裕二プロのホームページ

    笠原 裕二プロのメルマガ申し込み

    観光−じゃらんnet・穏やかな川の水辺を彩る自然美を満喫・揖斐峡

   編集者コメント:マル秘の撮影場所がバレてしまった。\(^o^)/ 今年の秋は「デジカメワークス」の読者が大挙して押し寄せますぞ!!\(^o^)/

   揖斐峡の紅葉見頃予想は11月上旬〜11月下旬。モミジ、ケヤキが きれいです。如何でしょうか?(^_^)


   安間 恒保さん(中野区)、「信州の夏」、3点

   作者コメント:「先だっての追加写真送ります。よかったら 採用してみてください。」

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諏訪湖

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霧が峰・車山高原

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霧が峰・車山高原

   関連サイト

    安間さんのホームページ

    車山高原の概要

   編集者コメント:前号の安間さんの諏訪湖花火取材と 同時期に撮影されたものです。緑がまぶしいくらいですね!!

   車山高原について:「本州のほぼ中央にあたる八ヶ岳中信高原国定公園は、 長野・山梨両県にまたがる八ヶ岳連峰から、蓼科山・白樺湖・霧ヶ峰・美ヶ原に至る一帯を中 心とし、山岳・高原・湿原・渓谷・湖沼・草原・温泉・森林など美しい自然の景観に恵まれて います。車山高原は、この大自然の中、標高1925mの主峰車山を中心とし、ビーナスラインに 沿って、なだらかな起伏を見せています 。」(上掲リンクより)


   Rod Steenslandさん(Chilliwack, BC, Canada)、 「Recent Images」、7点

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   関連サイト

    Fraser Valley Sport Fishing

   編集者コメント:写真の鮭はカナダではシヌーク・サーモン と呼ばれている大型の鮭です(アメリカではキング・サーモン日本ではマスノスケとも呼ばれて いるそうです)。釣り人が主に狙っているソッカイ・サーモン(紅鮭)の今年のフレーザー川遡上 見積もりは、夏期前期では百七十万匹、以降一千万匹だそうです。


   見上 靖夫さん(美作市)、「満願成就の旅」、6点

   作者コメント:「ウィキペディアに、四国八十八ヵ所すべ てを廻りきると結願成就となり、その後高野山(奥の院)に詣でて「満願成就」とする、とある。 その満願成就のため、27・28日高野山に行ってきました。
   26日にゴルフをしたため少し疲れ気味でしたが、27日06:00発・中国道・阪神 高速・阪和道・R24・高野山参拝・竜神スカイライン・竜神温泉泊・28日紀三井寺・和歌山城・根来 寺・阪和道・中国道で無事帰宅し満願成就の旅終わりました。写真添付します。」

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高野山金剛峰寺の大門

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高野山から竜神温泉に行く途中の山々(大山展望台からの眺望に似ていました)

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竜神温泉付近の渓流

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紀三井寺

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和歌山城

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根来寺(種子島に伝来した鉄砲を買い取ったお寺だそうです)

   関連サイト

    四国八十八箇所・フリー百科事典・ウィキペディア(Wikipedia)

    根来寺紹介・根来の歴史

    日本自動車百年史 第1章 前史

   編集者コメント:見上さん、「満願成就」おめでとうござ います。それにしても美作人の諸氏、バイタリティーに溢れる方ばかりですね!!(^_^)

   本州最初の鉄砲について: 「天文12年(1543)8月25日(門倉岬)に明国船の 姿現われ、三名 のポルトガル人(南蛮人)により鉄砲火薬その他西欧文物が伝えられた。根来寺杉の坊算長 (津田監物)は自ら種ヶ島に渡り、鉄砲と火薬の製法を習いこれを根来の地に持ち帰りました。その 鉄砲と同じ物を根来坂本に住む、堺の鍛治師、芝辻清右衛門に製作させたのが本州最初の鉄砲と言わ れています。」(上掲リンクより)
   日本人の素晴らしさについて:「以上のように、種子島に渡来した火縄銃は、す みやかに畿内に持ち込まれ、また即座にその複製が行われ、わずか数年のうちに和製の火縄銃が完成 し、可能なかぎりの大量生産体制がとられていた。ポルトガルの商人メンデス・ピントが書いた「東 洋遍歴記」には、彼が1551(天文20)年に日本に立ち寄ったとき、豊後(大分県)の国だけですでに 3万挺、日本全国には30万挺の鉄砲があると聞いたと記されている。この日付は鉄砲伝来から、たっ た8年後のことである。はなし半分、いや10分の1としてもじつに驚くべき数であろう。そしてこの 中には、相当量の和製銃が含まれていたことになる。
   これほどまでに迅速な和製火縄銃の伝播を促した背景からは、何が読みとれるだ ろうか。それは、この模製から大量生産までを技術的な部分でささえていた、当時の刀鍛冶たちの実 力であろう。古来より日本では刀剣は武士の魂とされ、刀鍛冶はこの鍛造に心身ともに捧げ、宗教的 ともいえるほどの修練を重ねていた。その磨き上げた技法の基盤となったのは、砂鉄から和鉄を製錬 するタタラとよばれる製鉄法や、農具漁具にいたるまでのさまざまな鍛冶技術の蓄積であった。」 (上掲リンクより)


   お昭さん(国分寺市)、「ほおずき、空」、2点

   作者コメント:「8月半ば過ぎ、近くの野菜スタンドで立ち話を していた時、枯れたほおずきが目に留まりました。一本いただいて帰り、黒い布の上に置いて撮ってみ ました。これを命の糧にした虫は何だったのでしょうか、秋を迎える前にその命を燃焼させることがで きたでしょうか、、、。」

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   関連サイト

    お昭さんのブログ

    ホオズキ・フリー百科事典・ウィキペディア(Wikipedia)

   編集者コメント:両方とも秀作ですね!!ほうずきは前の ものにピントを合わせたほうが良かったかも。空の深い青、光の筋、白い雲、編者にとっては とても引かれる題材です。

   ホオズキの名前について: 「ホオズキの名前の由来は幾つかある。ひとつは果実 を鳴らして遊ぶ子供達の頬から、「頬突き → ホオズキ」と呼ばれるようになった説。もうひ とつは、カメムシ(古名:ホウ,ホオ)がこの植物によく集まって茎から吸汁する事から、 「ホオ好き」より「ホオズキ」と呼ばれるようになったという説がある。なお、ホオズキにしば しば群生するヘリカメムシ科のカメムシは、今日ホオズキカメムシとの和名を与えられている。 ホオズキを漢字で書く場合に「酸漿」の他に「鬼灯」とも書く。これは中国語で小さな赤い提灯 の事で、ホオズキの実がこの提灯に似ている所が来ており、英名ではそこから Chinese lantern plant と言う名がつけられている。」(上掲リンクより)


   びーぐるさん(川崎市)、「ブログから」、6点

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湯島聖堂  徳川綱吉により儒学振興のため建てられた孔子廟

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ニコライ堂(日本ハリストス正教会 東京復活大聖堂)

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酔芙蓉 朝8時半ごろ

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酔芙蓉 午後3時半ごろ だいぶ酔っぱらっている

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母と子

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困ったときのタマだのみ

   関連サイト

    びーぐるさんのブログ

    湯島聖堂・フリー百科事典・ウィキペディア(Wikipedia)

   編集者コメント:これもブログから選んだ秀作です!! モノクロがいいですね〜。\(^o^)/

   湯島聖堂について: 「1690年(元禄3年)、林羅山(1583-1657)が上野 忍が岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に建てた孔子廟「先聖殿」が移築され、将軍綱吉は 先聖殿を「大成殿」と改称し、またそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めた。 林家の学問所も当地に移転している。寛政異学の禁により、1797年(寛政9年)林家の私塾が、 林家の手を離れて幕府の官立の昌平坂学問所となる。または「昌平黌」(しょうへいこう) ともいう。昌平とは、孔子が生まれた村の名前で、そこからとって孔子の諸説、儒学を教える 学校の名前とし、それはその地の地名にもなった。これ以降、聖堂とは、湯島聖堂の中でも 大成殿のみをいうようになる。 ここには多くの人材が集まったが、維新政府に引き継がれた後、 1871年明治4年に閉鎖される。ところで、教育・研究機関としての昌平坂学問所は幕府天文方の 流れを組む開成所、種痘所の流れを組む医学所と併せて、後の東京大学へ連なる系譜上に載せる ことができる。また、敷地としての学問所の跡地は、そのほとんどが現在東京医科歯科大学湯島 キャンパスとなっている。明治以降、湯島聖堂の構内に文部省、国立博物館、師範学校、 女子師範学校などが一時同居していたことがある。後にそれぞれ、国立博物館は上野に、 師範学校は旧東京教育大学、現筑波大学に、女子師範学校はお茶の水女子大学 (現在は文京区大塚であるが、当初は湯島一丁目の聖堂内にあったため、お茶の水という) へと姿を変えた。」(上掲リンクより)


   

2. 連載・「新スペイン便り〜第3話 と第4話」 /"A letter from Spain #3 and #4" by 森 統氏/Hitoshi Mori


   はじめに

   スペインのマドリッドに住む森 統氏の連載コラムで す。現代スペイン情勢を主にした記事はその地に住むものでしか分からない雰囲気を伝えて くれる貴重なものです。

   新スペイン便り ( 03 ) マドリッド、平成18年8月11日

   山火事(ガリシア炎上)

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マイヨール広場、マドリッド/Plaza Mayor
©Hitoshi Mori

   少し暑さが緩みましたが、日向は暑いです。いまスペインは 北部のガリシア州の山火事でおおわらわです。先月末に政府が、今年は前年度に比べ夏の山火事の 発生件数が半分になった。予防対策が功を奏した、と言う発表を行った日(7月30日)の翌日から、 山火事があちこちで発生し出し本日(8月11日)、ガリシア州だけで132地点が炎上中でです。途方 も無い数ですが、ほとんどが人為的な放火で昨夜消した火が今朝また燃えていると言う消防団と火 付け人とのいたちごっこの有様です。スペインの森林面積の50%を持つこの地方で山林放火が常 習的に起こるかについては色々な説がありはっきりしませんが、

   1)火災後の焼け木が闇取引の材料となるため(製紙や建設資材用)。
   2)宅地造成の目的(焼けた地所の評価替えを狙う)。
   3)怨恨による仕返し(村の意識の強い地方ではあります)。
   4)火付け魔が特に多い地方(統計的には根拠薄弱)。
   5)消防団員の臨時手当稼ぎの為(たまにはあるそうです)。

   色々の説があります。すべて根拠がありそうですが1)、2) あたりがスペインの現情を知るものには納得がいきそうな理由です。

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マドリッドの屋根瓦/Los tejados de Madrid
©Hitoshi Mori

   しかし今回の集団発生は今までとは違い、挑戦的な色合いが 濃く、政治的な匂いがしないでもありません(政府の無能を強調するのが目的)。ガリシア州政府は 17年の保守政権が前回の地方選挙で野党連合に破れ政権交代が行われたばかりのところです。いず れにせよ連日4,50件の火災が異なった地域で発生すると言うのは尋常では無く、後ろにそれが利益 を生む何らかの影の力が働いていると見て間違いなさそうです。これらを側面から支える要素として 放火犯に対する刑法上の問題です。昨年スペイン最高裁で放火の刑が確定したのは1件のみで4年の 懲役刑、その前年が2件のみで、年間10,000件を上回る放火、不審火がほぼ野放しであると言う事で す。

   州政府は鎮火のために軍の支援を申請し、許可され兵士が火 と戦っています。

   ガリシア州の次に山林火災が多いのはカタルニア州、バレン シア州です。その次がカナリア諸島。これらの州の火災も海岸線に比較的近いところや景色のいい ところに多く起こります。特にバレンシア州の場合は建設ブームがこの10年続いており、火災跡地 が宅地化された件数が多いので結果が原因を明らかにしているともいえます。地中海地域の宅地造 成がほぼ飽和状態に入ったいま、不動産業者の目がほぼ手付かず状態のガリシアへ移っているとの ことです。

   しかし風向明媚で海岸線と山林の多いバスク州、やアストゥ リアス、カンタブリア州にはほとんど起こらないのはなぜかと言う反対の疑問がおこります。民族 性の違いなのか、それとも行政力なのか、気候的にレジャー人口の流れから外れている為、新規建 設需要が低いというのがもうひとつの理由なのか。そうであるとすれば、誠に由々しきことです。

   地中海性気候の地域は世界中どこでも(カリフォルニア、オ ーストラリアなど)乾燥、猛暑の夏は自然火災が発生することは普通ですが、その時期を狙って専 門の雇われ火付け人が暗躍するのも事実のようです。(昔、ガリシア州の顧問をしていた時期にそ の手法を聞いたことがあります。)世の中には色々な商売があるものです。

   いずれにせよこの事件(あえてそう呼びますが)の結末は追 って書きます。


   参考リンク:

    観光スポット: ガリシア

    ガリシアとは - はてな(「リアス(湾)式海岸」という名称の由来となった地域)


   新スペイン便り ( 04 )マドリッド、平成18年8月19日

   Cayuco

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カサレス、アンダルシア/Casares, Andalucia
©Hitoshi Mori

   水は高いところから低いところへながれる。人は所得の低いと ころから高いところへながれる。

   表題のCayucoという聞きなれない単語はここ数ヶ月スペインの マスコミで頻用されています。元々の意味は中南米のインディオが使った丸木舟、カヌーを指す言葉 ですが今スペインでは少し違った意味で響きます。

   昨年の夏から、アフリカの南サハラの海岸からスペイン領カナ リア諸島を目指してやってくる不法移民を載せた木造の伝馬船に似た西アフリカの漁船が頻繁にたど り着くようになりました。当初は乗員の数は2〜30人で約150kmの海路を木造船に取り付けた船外機を 操作しながら2,3日掛けてやってくるのです。それまでジブラルタル海峡をボートで渡ってくると言 うのがアフリカ経由の不法移民の大半であったので、大西洋を伝馬船で渡ってくる人々の決死の覚悟 に皆驚くとともに感心したものです。そしてこれらの船をCayucoという名で呼び始めました。

   スペイン政府とモロッコ政府が不法移民の取り締まりを強化し たため一時下火になりましたがまた今年に入ってから頻繁にカナリア諸島にCayucoが漂着するように なりました。しかし今度はそれまでとは違い船がより大きく乗員の数も多くなりました。

   どの船も乗れるだけのスペース一杯に人を詰め込んで6〜70人 が一度にやってくるのですが、乗員の疲労度が大きくどこからやってくるかが問題になり調査をした ところ、南サハラ以南のモーリタニア、セネガル、ガンビア、ギネアあたりからと言う事がわかりま した。

   距離でいえば800〜850km離れたところを1週間〜10日間、少し の飲み水と携帯食料だけで凌ぐわけです。想像するだけでも恐ろしい話です。

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Cayuco、この船で海路850kmを乗り切るのです。

   2006年カナリア諸島にCayuco で到着したアフリカ人の数は以下 の通りです。

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   8月は2週間のみの統計で、月末は6,000人を越えると予想され ます。3月以降(4月は天候のせいで低下)人数が急上昇しました。その理由は出発地がだんだん南下 しているため距離にあわせて船を大型化した結果輸送量が増大したためと考えられます。

   7月24日には一艘に172人、8月15日にも1艘で146人と言うように 大型化しています。

   到着数も日に3件ほどの日が連日続き、300人/日というのも珍し く無くなりました。今年に入ってからの総数は本日ですでに17,000人を突破し、止まるところをしり ません。

   4月末に自体を深刻に受け止めたスペイン政府は同様の問題を抱 えるイタリア政府と共にEUに対し協力を訴え、海洋上での共同監視制度(FRONTEX)の創設が合意され ましたが、いまだに実体とはなっておらず、スペイン海軍が独自で巡視艦をアフリカ沖に派遣し監視し ていますが、たいした役には立っていません。

   移民受け入れ側のカナリア州としては来てしまった移民は人道 上手厚く扱って保護施設に収容しますが、その収容施設は元来このような事態に対応出来るよう造ら れたものではないのでこれだけの人員を受け入れるスペースは無く、急遽増設を重ねています。経済 コストも大変なもので、児童収容施設だけでも650人ほどの収容者(幼児、新生児は強制送還されない ので出産近い妊婦や幼児連れの女性がかなりの数渡航してくる為)がおりその経費が18,000ユーロ/ 児童(医療費を含まず)と言う有様で、州政府が音を上げ、中央政府とEUに対し、即刻事態の善処を 要求しています。

   なぜこんなにたくさんの移民が正に命がけでやってくるのか? これについては別途、改めて書きたいとおもいます。


   参考リンク:

    カナリア諸島・フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)

    外務省HP・モーリタニア・イスラム共和国・Islamic Republic of Mauritania


   

4 新連載・写真と随筆「長良川逍遥」〜 笠原 裕二プロ/ Pictures and Essey "Travelogue on Nagaragawa River" by Yuji Kasahara, professional photographer

   編集者コメント:本号から岐阜市在住の写真家、笠原 裕二プロの写真と 随筆の連載が始まります。どうぞお楽しみ下さい。


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Monument of Starting point of Nagara-river

   長良川分水嶺のモニュメント。私の長良川の取材は全て ここからはじまる。この写真を撮影したときは紅葉が美しかった。
   私は長良川というテーマで、ここ数年写真を撮影してきた。単に風景を撮 るだけでなしに、気候、ライフスタイル、宗教、習慣など、風土的なものまで網羅して、川を 基点にして、人間と言うものは何ぞやという、普遍のテーマを写真を通じて写し取り、表現で きれば理想だ。しかしながら、言うは易く行うは何とかで、やり始めてからえらいものに噛み 付いたな〜と言うのが本音だったが、やり始めた以上、何とか完結させるべくいままで時間を 見つけては、長良川流域をうろつく日々が続いた。この、デジカムワークスの場をお借りして、 皆様に見ていただけるのは、非常に光栄なことだと思うし、また、少々怖い。気に入ってもら えると良いけど・・・・という恐怖もあるのが本音です。
   今回より、毎回、4〜5カットずつ、写真とその写真に関するコメントと言 う形で、拙文を書かせていただくことになります。よろしくお願いします。

   The monument of starting point of Nagara River. My collecting material about Nagara-river starts from this point. Autumn leaves were beautiful when I took this picture.
   I had kept to take pics along Nagara river in these 5years. It was not just take only view, weather, lifestyle., religion, habit etc.etc. I wanted to add many things, and I wanted to express what is human beings through the pictuture put on the base along the river.
   And I am glad to show my pictures to all readers of Digicam Works, At the same time, It makes me fell scare because I hope readers like my picture, but maybe readers not like my pictures,
   I will express 4 or 5 shots of picture, and explain about the pictures. Please enjoy my pictures. And sorry for my poor English skill.


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the sourse of the river

   分水嶺の記念碑のすぐそばに、水源の流れるほうを示す 石碑がある。右へ行くと日本海、左へ行くと長良川になる。ここでは、あの大きな川も単なる 水溜りでしかない。

   Near the monument of the Nagara-river's starting point, there is a stone monument indicates the direction of the two rivers. right side, the river flow to Japanese sea.
   And left side The river flows as Nagara-river. Nagara river is a big river but, At this point, only a little pond.


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Green Trees Green River

   この写真は、数年前の夏に撮ったものだ。このあたりは、 長良川の最上流地域で、かなり海抜高度が高いので、夏は涼しい。地上が毎日36度くらいまで 上がるのに、このあたりは25度から28度までで、過ごし易いのだ。その代わり、冬の雪は強力 だが・・・・。
   なにはともあれ、木の緑が美しく、川も美しい深緑の色をしている。

   I took this picture few years ago. This area is the most upper stream of Nagara-river and it is very cool temperature in the summer season because of the altitude.
   City area of flat area is 36degree in summer, but here is about 25degree to 28degree. Easy to spend times cause of cool air.
   Instead of that, The snow of winter season is too much heavy. Anyway, the green of the trees, and the green of the river is very very beautiful.


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高鷲村(現郡上市高鷲町)の桜(Sakura flowers of Takasu-village (Now Tahasu-town of Gujou-city)

   高鷲村の桜は海抜高度の関係で遅い。5月上旬、平野部では 初夏の新緑が美しい時期に桜は咲き始める。桜が咲き始めたと言っても、そこここにまだ、冬のに おいが残っていたり、山の陰に残雪が少し残っていたりする。その遅い桜が咲き始めたところを運 良く撮影することが出来た。背景は源流の碑。

   The Sakura flowers in Takasu-village began to bloom too delay from flat place cause of altitude. early weeks of May, It is the early summer and new green season in flatland area, but here is just start to bloom sakura flkowers. Even sakura flowers begin to bloom season, There are little bit snow in the shade place of mountain. and there are smell of winter season. I got luck to take delayed sakura flowers.




4.編集後記

   第21号、如何でしたでしょうか? このメールマガジンについてのご注文・ご感想をお寄せ下さい。皆様が形作るマガジンです のでじっくり・真剣に(^v^)お聴きいたします。

   連載記事を始められた笠原プロと森 統さん、写真・記事を 投稿をされた読者の皆さん、どうもありがとうございました。

    キヤノンのデジタル一眼レフカメラ“EOS 5D”が「EISA ヨーロピアン・プロフェッショナル カメラ2006/2007」を、またインクジェットプリンター“PIXMA iP6600D”(国内名称:PIXUS iP6600D)が「EISA ヨーロピアン・フォトプリンター 2006/2007」を、それぞれ受賞 をご覧下さい。5Dの位置付けがプロカメラとなっています。「“EOS 5D”は、欧州において 今回の賞とならび権威のある「TIPA ベストプロフェッショナルデジタル一眼レフカメラ2006」 もすでに受賞しており、プロなどのハイエンドユーザーにも適したカメラとして、その優秀さ が高く認められたといえます。」とあります。

    EOS KissデジタルXをご覧下さい。キヤノンサイドからのソニーα100やニコンD80の対抗馬です。

   D200を含むこれらの機種はAPSサイズに1千万画素を詰め 込んでおり、8百万画素との解像度の差があまり無く、かえってノイズ等の弊害が見られる、という 海外での実験結果が一部出ております。が、これから消費者が使ってみて実際上での性能比較(従来機 との)がなされることでしょう。

   それでは皆さんお体を大切に!!


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   それでは皆さんの力作、楽しみにしています。ごきげんよう!

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