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Mail Magazine「Digicamworks

読者の皆様の写真及び記事を募集しております。 編集発行者までお寄せ下さい。
Please send your photos and articles to the editor/publisher.

第19号/N19

平成18年07月28日発行(July 28, 2006)

ホームページは/Home Page http://digicamworks.net/


既刊は/For past issues メールマガジン「デジカメワークス」の既刊


目次

目次クリックすると各作品へジャンプします
読者の投稿写真/Readers' Photos
連載・「”AQ 活性の魔術”の背景を語る」by 笠井 喜世先生
Art Show ”Harvest Within” by Vanessa McDonald
デジカメ技術のおさらいレッスン
編集後記

   

1. 読者の投稿写真


   読者の皆様の投稿写真を鑑賞する欄です。投稿写真はジャンルを問いません が、公序良俗に反するもの、プライバシーに反し肖像権に抵触するものはご遠慮下さい。投稿先は 神原幹郎です。

   デジタルイメージをモニター上で正しく見る際には、モニターが正しく補正 されていることが条件となります。補正にはそれなりのソフトウェア、機器が必要とされますが、それが無い場合、 最低限必要とされるのはモニターの明るさとコントラストを調整することです。下に示した画像を使い簡易補正さ れることをお薦めします。 明るさの補正は下の画像の特に最両端の白と黒が隣り合わせるものと区別できるように モニターを調節します。

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   大阪ちゃん(大阪市)、「淀屋橋近くの青銅色」、5点

   作者コメント:「先日、淀屋橋近くの青銅色の屋根と彫刻を 撮ってきました。以前から気になっていた題材なのですが、撮ってみるとなかなか纏まり難いもの でした。」

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1971年郵便創業100年記念ポストの上の彫刻

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中之島中央公会堂

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中之島図書館

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大阪市役所横

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彫刻 緑の賛歌

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日本銀行大阪支店

   関連サイト参考図

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淀屋橋付近地図

    大阪の町について・About the town of Osaka

   編集者コメント:大阪ちゃんのお気に入り撮影スポットですね。ブロンズ を見てみると、やはり腐食の影響が出ています。

   堂島、中ノ島:「ここは江戸時代には各藩が米を売りさばくために蔵を構えた ところで、この界隈蔵屋敷だらけでした。 特に中ノ島は40を超える蔵屋敷が集まり、活況を呈し たようです。 橋の名前で常安(じょうあん)橋なんてのが架かっておりますが、これは淀屋常安 という米の取り引きで巨万の富を得た商人の名をとったもんです。 この淀屋は私的な米会所を屋 敷で開き、米相場を牛耳っておりました。 その淀屋が五代目の辰五郎でその天文学的な額の大名 貸や派手な行状を幕府から咎められ、財産没収、大坂追放という目にあったのが1704年となりま す。 これ以降、米の取り引きは堂島で行われるようになり、堂島米市場とよばれます。
   今の中ノ島は中ノ島公園や市庁舎、日銀大阪支店や大企業のビルが立ち並ぶ オフィス街です。 中ノ島には明治から大正の建てもんが残っております。 府立図書館が明治37 年、日銀大阪支店が明治36年(ただし、これは改築されて前に残している部分がそう。後ろには 近代的な建てもんができてある) そうそう、中ノ島公会堂の事を言わんとあかん。 中ノ島にあ る公会堂、大正7年にできた煉瓦作りでなかなかええもんですが、これは岩本栄之介いう相場師が 大阪市に当時のお金で100万円を寄付してできたもんです。 20年くらい前には市庁舎もええ建て もんやったけど、日銀とちごてみんな壊して新ししよった。
   さて、堂島は今はそうは見えんけど、「島」やったんです。 堂島の北側、 曽根崎新地の少し南側を堂島を取り巻くように曽根崎川(蜆川)が流れとった。 中州ですわな。 その曽根崎川が埋め立てられたのが明治43年。 近辺が大火事になりよりまして、その瓦礫を川 にほってしもた。 それで川の半分が埋め立てられて、大正13年全部埋めてしもたというわけで すな。 この北側には江戸時代には曽根崎村いう村がおました。 それで埋田という所があって、 これが梅田。かつては墓地があったところ。 1700年ごろから堂島新地、曽根崎新地として開発 が行われ、それが花街になっていった。そのあと、梅田の近くの茶屋町なんかができて来て花街 の中心が曽根崎新地に移動しにぎわったとの事です。
   その梅田に鉄道の駅即ち大阪ステンション(大阪駅)ができたんは明治7年 です。 それからは大阪の表玄関(ほんなら裏玄関はどこじゃい)として開発が進み、人がすむ ところではなくなってしまいました。 そう茶屋町なんかええとこやったのに再開発してしもて 変なもんぎょうさん拵えてしもた。 残念な事です。」(上掲リンクより)


   George and Arlene Bramhallさん(Chilliwack, BC, Canada) 送付、Tanja Askani(ターニア・アスカーニ撮影)、「バンビとウサギ」、5点

   送付者コメント:"We are glad you enjoyed them. Regretfully we received them on the web with no information about who took them."

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   編集者コメント:こういう写真を見ると癒されますね!!


   笠原 裕二プロ(岐阜市)、「タイ特集、投稿第一弾」、2点

   作者コメント:「タイへ取材に行った。私が泊まったのは 都心部からやや離れた安いホテルでスラム街のような町があり、そこで人々が懸命に生きている のが印象的だった。至る所にちいさな露天商があり、子供が店を切り盛りしている場面も多く見 受けられた。タイはマレーシアやフィリピンと違い、英語が公用語にはなっていないようで英語 で話し掛けても全く通じない場合も多く、身振り手ぶりで写真撮るよ〜と示して撮影をした。
   野菜を切りながら恥ずかしそうに笑顔を見せてくれた少女が非常に印象的だ った。
   しかし、この子供たちは学校はどうするのだろう?
   不思議に思ったが、それを尋ねるだけの語学力が 私には乏しく また、理由 を知ったところで私にはどうすることも出来ないのが少し悲しかった。」

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   関連サイト

    「タイ・バンコクにおけるスラム街問題解消に向けての提言」慶応大学総合政策学部、柳沼菜実子氏

   編集者コメント:急激に発展する低開発国家では必ず といっていいほど出現するスラムですが、農村からの流入が主原因ですね。タイの場合は無 いようですがこれに人種問題がからむとややこしくなります。

   タイ・バンコクのスラム街:「タイでは、80 年代から急激に経済が発 展し、それに伴い首都バンコクの人口も増加した。その結果、農村からの未熟練労働者が中 心の、都市貧困者層がスラム街を形成することとなった。その規模は、バンコクの人口の約 2割を占めるといわれている。このスラム街問題解決のために、先進国内で成功したスラム 街対策を基に、政府、都庁、政府住宅機関などが様々な政策を採ってきた。しかし、スラム 街住民の数が先進国に比べて非常に多いこと、スラム街住民の多くが不安定なインフォーマ ル・セクターに就労していることから、統一政策を適用させることが難しく、対策は成功し ているとはいえない。むしろ、スラム街は近年増加傾向にある 。」(上掲リンクより)


   安間 恒保さん(中野区)、「松島観光」、4点

   作者コメント:「30年ぶりの松島観光。
   記憶も空ろでしたが今度はしっかりデジカメに収めました。瑞鳳殿は行 ったことがなかったようです。「やまゆり」はホテルの窓からも眺められるのですが、写真 を撮った地点ではヤマユリの香りがいっぱいでした。みんなにも嗅がせてあげたい。今では 珍しいヤマユリの群落でしょう。梅雨真っ最中、偶然にも日の出が拝めた。「かもめ」がお 菓子をくわえた!」

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松島のかもめ

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松島のやまゆり−香りが一面−

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松島日の出

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瑞鳳殿参道の杉巨木

   関連サイト

    電脳松島絵巻 - 松島観光協会

    松島・フリー百科事典・ウィキペディア(Wikipedia)

    瑞鳳殿(仙台市青葉区)

   編集者コメント:ヤマユリの香りとはどんな香りでしょうか。 カモメの一枚はすごいですね!\(^o^)/

   松尾芭蕉と松島:「松尾芭蕉が「奥の細道」で松島を訪れた際に、あま りに絶景なので句が浮かばず、「松島やああ松島や松島や」と詠んだという逸話があるが、こ の川柳は後世の狂歌師田原坊の作で、芭蕉の作ではないとされる。ただし、実際にあまりに 絶景で、その場で句が思い浮かばなかったのは事実らしく、「奥の細道」には、同行した弟 子の河合曾良の句「松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」が掲載されている。また別の説で は、句は詠んだが景色に釣り合うよいものができなかったともいう。」(上掲リンクより)


   今井 保子さん(美作市)、「松江堀川めぐり」、4点

   作者コメント:「7月12日、写真サークルで、山陰へ 行ってきました。松江堀川めぐりをしてきました。」

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遊覧船のりば

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名物橋の下くぐり

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行き会い船

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松江城

   関連サイト

    松江 堀川めぐり

    松江城・戦国の名残りをとどめる山陰随一の名城

   編集者コメント:今井さんの写真サークルは活発ですね!!
   松江城:「堀尾吉晴は慶長5年(1600)の関ケ原の合戦の軍功により、毛利 氏一族の吉川広家に替わって遠州浜松から出雲・隠岐24万石の大名として広瀬の月山富田城に入城。
   しかし、月山富田城は周囲を山々に囲まれた中世以来の山城で、大砲などを使う 近代戦に不利であったこと、また家臣を住まわせる広大な城下町を形成するには土地も狭く、交通も 不便であったため、堀尾吉晴は宍道湖のほとりの標高28mの亀田山に築城を計画し、慶長12年 (1607)に着工。5年間にわたる難工事の末、慶長16年(1611)にほぼ完成した。
   城郭の広さは東西360m、南北560mもあり、周囲に幅20〜30mの内堀 をめぐらしていた。本丸には天守と荒神櫓など6つの櫓を配し、二ノ丸・北ノ丸・二ノ丸下ノ段のほ か本丸周辺には腰曲輪・中曲輪・外曲輪・後曲輪を大手門跡設けるなど戦国の乱世を生き抜いた堀尾 吉晴らしい要害堅固な城郭であった。」(上掲リンクより)


   Rod Steenslandさん(Chilliwack, BC, Canada)、10点

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   編集者コメント:蜘蛛の巣はいい写真の被写体になり得ますね!


   

2. 連載・「”AQ 活性の魔術”の背景を語る」 by 笠井 喜世先生


   はじめに

   

   創刊号から連載で、神奈川県二宮町の笠井喜世(かさいよしつぐ)先生とAQ研究室 が著した本、「活性の魔術」(MOKU出版株式会社)が誕生した経緯や裏話をお寄せ頂いております。

   「”活性の魔術”は「夫婦、親子、上司と部下、先生と生徒、学校と家庭……、そして オトコとオンナまで。現代日本に蔓延する関係不全の正体と、それを乗り越える方法を伝授。」する本です。極めて人間関係が 困難な現場(教育現場)での具体的、驚異的な効果は先生のウェブページにありますのでお読み下さい。

    テトラS+1 公式ホームページ
   笠井喜世先生のブログ
   テトラSのシステム、考え方、 教育への考え方、資料、実践校とそのメッセージ
    MOKU出版株式会社ページ・購入方法
   テトラS・感性のページ・こころよ開け デジカメと無縁ではありません!!(^v^)

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「活性の魔術」(MOKU出版株式会社)





「”AQ 活性の魔術”の背景を語る」第十三話

「学校に欠けているものを補う」

by 笠井 喜世先生

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撮影: 笠井 喜世先生

   こうして合宿研修は終了しました。

   生徒たちも、参加した教師たちもある種の感慨を持って帰って 行ったようです。このときの合宿の模様を詳細に報じればきっと一冊の本にまとまるのではないかと 思います。ここでは、その後の教師や生徒の間に起きた変化を書いて、この項は終わりにしたいと思 います。

   先ず教師の感想ですが、

   「何気なく行動しながら時間を過ごしていったように感じま すが、振り返ってみると1分1分が新しい体験だったような気がします。合宿のあいだ、参加された先生 とたくさんの会話をしましたが、これほど話し合ったことは今までになかったと気づきました。そして、 合宿終了後は今まで以上に教師お互いの距離が短くなっていくことを感じました。生徒に対しても、今 までは指示だけしていましたが、”考えさせる。その結果を誉める”ということのすばらしさを実体験 させられました」

   この感想は、参加した教師たちが共通して感じたものだったよう です。同じ学校にいながら、教師たちには肝心なコミュニケーションがなく、それぞれが孤立している のが実情だったのです。コミュニケーションのない集団には結束は生まれませんし、当然新しい創造も 起きるはずもありません。これは、どんな集団にも言えることでしょう。

   なによりも大きな変化は夏休み終了後に現れました。1学期中、 打てど響かぬ生徒として教師を困らせていた番長たちが、教師に近づく姿がたくさん見られたのです。 それは教室でも廊下でも校庭でも………。生徒と教師が笑顔で話し合っている姿がありました。

   こんなことは当たり前に聞こえるでしょう。しかし、常に一触 即発の陰険な空気が漂っていた一学期に比べたら、それはまったく違う学校に見まごうほどの変化だった のです。しかし、それでも渦中の人間には自分に近くほどその事実が見えにくいようです。その極端な 変化に驚く教師は意外に少なかったようでした。しかし、教師たちは別な変化をとらえていました。

   「2学期になって、あのワルどもがおとなしくなった。ビリ ビリと対峙するような空気を感じられなくなった」

   先生と見れば逆らってくる生徒たちの代表格が合宿に参加して 教師と接触し話し合いながら市内を歩き回り、絵を描いたり人の話を聞いてメモをとったりして、そ れを発表したらやんやの喝采を浴びて、すっかり気をよくしていましたからワルの先頭の生徒たちは 無意識のうちに教師に近づいてきていたのです。

   これは、険悪だった教室の空気を和らげるには充分だったよう です。実際にわたしも朝など校門に立っていると100bも先から「先生、おはよう!」と叫ん でいる生徒と出会いました。合宿に参加したA君でした。1学期には、こちらが「おはよう」と 声をかけるとわざとそっぽを向いて通り過ぎていった生徒でした。

   この合宿では。前に書いたように合宿の内容が各メディアの 地方版で取り上げられました。これまでは悪いことは報道されてもよいことなど一回も載せられたこと のない学校ですから、それは地域の人たちの間でも話題になりました。「先生方が頑張っているらしい」 という話は好感を持って受け止められたようでしたし、新聞の話題になったということは教師たちの 自信にもつながっていたのです。

   ここで、この合宿で行ったことを総括しておきたいと思います。 2泊3日の研修内容はこれまでの講義調のものではありませんでした。ただ、いろいろとざっくばらん に話し合いながら先ずは行動するというもので、「こうあるべきだ」という強制的な言葉は ひと言も含まれていなかったと思います。

   ただ、何をするにしても、まずはそこにいる人たちが話し合って その意見を集約して、先に進める体験をしてもらったのです。じつはここに「ざっくばらんに話し合う」 ことの中に重要なメッセージを隠されていたのです。このメッセージとは物事を言葉で伝えるだけでは なく、実感や感動を共有しあえる手段であるということです。

   また合宿中は生徒に対して「指示をするな」という決め ごとで動いてもらいましたが、これが生徒自身の責任意識が高めるものであり、教師たちにはすでに 習性のようになっていた「指導する・指示する」という態度を顧みる機会になったようでした。



   



   

3 Art Show ”Harvest Within” by Vanessa McDonald

   カナダのビジュアルアーティスト・バネッサ・マクドナルドの個展

   本号ではカナダ・ブリティッシュ・コロンビア州・ ニューウェストミンスター在住のビジュアル・アーティスト、バネッサ・マクドナルドの 作品の一部(写真のみ)をご紹介します。彼女は他にポラロイド、アクリル絵画、木炭画、 インストレーション・アートも行っています。それらは www.vamcdonald.comでご覧いただけます。このウェブサイトでは彼女がUBC (ブリティッシュ・コロンビア大学)の演習農場の住み込んでの制作活動を行った 記録も見られます。"Harvest Within (我が内なる収穫)"と名づけた個展は筆者の住む町で 来月5日から9月8日まで開催予定です。



Harvest Within


Experiencing UBC Farm, A Multi-media Installation

我が内なる収穫


UBC演習農場を体験する、マルチメディアによるインストレーション・アート

   "Harvest Within" is a visual journal, a body of work documenting my experience as an Artist in Residence at UBC Farm at the University of British Columbia, Canada.

   「我が内なる収穫」は視覚的日記で、ブリティッシュ・コロン ビア大学演習農場の アーティスト・イン・レジデンスであった時の体験をまとめた作品群 である。

   To fully experience this rich environment, to gain insight, and enhance my creativity, I took part in the various activities and workings of UBC Farm. Volunteering on the farm is warmly welcomed, and encouraged. My participation was inspiring and enlightening, allowing me to see and connect with the environment on a new level. I open my journal to share the wealth of this sanctuary in the city.

   この豊かな環境を充分体験し、精神性を高め、想像性を伸ばす ために、UBC演習農場の様々な活動に参加した。農事に自主参加することは温かく迎えられ推奨され ている。この参加体験は感じること多き啓発的なものであり、新たな気持ちでその環境を見、精神的な つながりを得ることが出来た。私は、都会に住む人々にこの聖域の持つ豊かさを自分の記録を開示する ことで分かち合いたいと思う。

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald

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©Vanessa McDonald


About Vanessa McDonald, Visual Artist

ビジュアル・アーティスト、バネッサ・マクドナルドについて

   Vanessa's art career began in Ontario, Canada, her place of birth, where she received her Bachelor of Fine Arts - Studio. There she explored various mediums including painting, drawing and photography, finding early on that each new direction inspired and played off one another.

   A long desired wish to travel the province of British Columbia led Vanessa to Vancouver's lower mainland in 1999. She was completely overtaken, and at harmony with the diversity and beauty of the surroundings, and has resided there ever since.

   With boundless opportunities, Vanessa continues to broaden her creative scope, craving unusual, untried, untrodden ground.

   バネッサの芸術家としての出発点はカナダ・オンタリオ州 である。彼女はそこで生まれ、美術学士(スタジオ)を得た。絵画、線描、写真を含む様々な様式を探求し、 あたらしい様式の模索が他の様式によって刺激されたものであり影響されたものであることを見出した。

   予てからの念願であったブリティッシュ・コロンビア州への旅を行い、1999年に バンクーバー地域を訪れた。彼女はその環境の持つ多様性や美しさに完全に虜となり爾来その地に住み着いた。

   限りない機会に恵まれ、バネッサは創造性の幅を広げ、新しい、人の手がけない、未踏の 芸術領域を探求している。

   注記:

   インストレーション・アートについて

   インストレーション・アートはしばしば様々な媒体をつかった 数多くのコンポーネントからなる。通常広い場所にアーティストが指示した配置に置かれ展示され る芸術作品。



   

4 デジカメ技術のおさらいレッスン

2枚の画像の比較画像を作る技法

   読者の方から次のようなお便りを頂きました。

   「例えばレタッチした画像と元画像とを見ていただきたいとき、 私のブログだと別々にしか開けないので、合体したものだと比較しやすいと言われたのですが、どん な方法を取ればいいのかわかりません。
   Paint Shop Proにそういう機能があるでしょうか?それとも何か別のソフトを探 さないとダメでしょうか?お暇な折にでもどうぞよろしくお願い致します。」

   ご質問を受けて2つの方法、つまりペントショッププロといった 一般画像処理ソフトを使った場合と、画像をつなぎ合わせる目的に特化したフリーソフトを使った方法 をご紹介します。

   1.一般画像処理ソフトを使った場合

   下記の方法は一般画像処理ソフトの基本操作(レイヤー)を使った もので、本誌既刊をご覧になった方には復習となることでしょう。例に使用したソフトは「ペントショッ ププロ」ですがフォトショップやフォトショップエレメントでも同じことが出来ます。出来るだけ具体的に ご説明いたしますので、「レイヤー」と聞くだけでしり込みする方はこの機会に是非その機能の一端を身に つけて下さい。

   1.まずソフトを立ち上げて、合体したい画像(例では2枚)を 同時に呼び込みます(もちろん一枚づつでもよい)。

s-OpenFiles.jpg

   2.2枚の画像が呼び込まれました。元画像という意味でBefore、 レタッチ後という意味でAfterと名付けてあります。

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   3.更に3枚目の白紙の画像を作ります。これは2枚の画像を 収める土台となるものです。ファイル>新規と選んでゆきます。

s-CreateNew.jpg

   4.土台となる新規に作る白紙(実際は透明ですが)の画像の 大きさは、2枚の画像を並べたときの大きさです。呼び込まれた2枚の画像の大きさはそれぞれ、 1280ピクセルx850ピクセルです。従って横に並べる場合は、1280ピクセルの2倍、 2560ピクセルを新規画像の横幅とします。縦幅は850ピクセルで変わらず。下の図 のように画像の大きさの単位をピクセルにし、2560と850を入れOKを押します。

s-NewBase.jpg

   5.元画像Beforeのイメージをクリックして、この画像を コピーします。編集>コピーと選びます。

s-CopyBefore.jpg

   6.次に新規に作られた白紙の画像をクリック・ハイライト します。その状態で上記でコピーした元画像Beforeのイメージを貼り付けます。編集>新規レイヤーとして 貼り付けと選びます。

s-PasteBefore.jpg

   7.新規画像の上に元画像Beforeが重ねられました。

s-PastedBefore.jpg

   8.この画像は中央にの位置に置かれましたが、これを 左側に移動させます。移動ツールを選びます。動かしたい画像の上にマウスのカーサーを置き 左ボタンを押したまま画像を動かします。

s-PickMove.jpg

   9.上記5.と同じように今度はレタッチ後画像Afterの イメージをクリックして、この画像をコピーします。編集>コピーと選びます。

s-CopyAfter.jpg

   10.上記6.と同様です。白紙の画像をクリック・ハイ ライトし、その状態で上記でコピーしたレタッチ後画像Afterのイメージを貼り付けます。 編集>新規レイヤーとして貼り付けと選びます。画像は中央部に置かれますが、8.と同じように マウスで右側に移動させます。

s-PasteAfter.jpg

   11.上記10.の操作が完了した段階でのレイヤーの様子です。

s-PastedAfterLayers.jpg

   12.出来上がった画像を保存します。

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   2.画像をつなぎ合わせる目的に特化したフリーソフトを使った方法

   画像をつなぎ合わせる目的に特化したソフトの代表的なものは パノラマソフトです。パノラマソフトで画像位置の微調整の出来る機能があるものをお持ちの読者の方は 簡単に画像をつなぎ合わせることができます。

   その他に、 筆者が以前 月間デジカメ作品第20号でご紹介したJointogetherというフリーソフトを使って画像を 合体することが出来ます。本欄ではこのソフトを使ってみましょう。

   1.Jointogether(ジョイントトゲザー)は日本語フリーソフト でベクターのサイト
http://www.vector.co.jp/magazine/softnews/031001/n0310013.html
からダウンロード出来ます。

   2.Jointogetherを起動して拡大した画像です。

s-Jointtogether.jpg

   4.つなぎ合わせる画像は前記と同じBeforeとAfterで、 大きさも同じです。従ってつなぎ合わせた場合の画像の大きさは、2560ピクセルx850 ピクセルです。この大きさをキャンバスサイズに入力します。入力には数字を記入します(矢印 を押し続けての入力は最大1800x1600までです)。

s-CanvasSize.jpg

   5.画像を呼び込みます。画像パーツの部分の 「追加」をクリックします。

s-ImageParts.jpg

   6.呼び込まれた画像は左から右、上から下の順に なります。Beforeの画像を左側に配置したい場合は、まず最初にBeforeの画像を開けます。

s-OpenBefore2.jpg

   7.次にAfterの画像を開けます。

s-OpenAfter2.jpg

   8.Afterの画像はBeforeの画像に重なることなく 自動的にその右側に配置されます。従って継ぎ目の部分は連続的です(もちろん画像を 動かすことは自由に出来ます。その場合はマウス左ボタンを押したままマウスを動かします)。

s-CenterArea.jpg

   9.上記の操作で合体完了です。簡単ですね。 出来上がった画像の保存はキャンバスの部分の「保存」をクリックします。

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4.編集後記

   第19号、如何でしたでしょうか? このメールマガジンについてのご注文・ご感想をお寄せ下さい。皆様が形作るマガジンです のでじっくり・真剣に(^v^)お聴きいたします。

   写真・記事を投稿をされた笠井先生、Vanessa McDonaldさん、 読者の皆さん、どうもありがとうございました。

   インストレーション・アートの一つの型を表すビデオをご覧下さい。 painting installation 資生堂のコマーシャルです。(^J^)

   ニコンが8月初旬に10.2メガピクセルデジタル一眼レフを発売 するようです。ニコンウェブサイト をご覧下さい。

   ソニーのアルファ100、発売されました。後から参入だけあって この機種は魅力的な機能が満載といった感じですね。サンプル写真は、 楽園島ーTAHITIをご覧下さい(三好和義氏作品)。

   アドビのライトルーム・ウィンドウズ・ベータ版(英語)がダウンロード 可能です。 Adobe Lightroom beta 3。筆者もインストールしました。これから試してみます。

   それでは皆さんお体を大切に!!


   クラブ「デジカメワークス」は会員同士が楽しいおしゃべりをする場です。 クラブへのご参加は神原幹郎までご連絡下さい。 会員の唯一の特典(^v^)である会員番号を発行し、ユーザーネーム・パスワードをお知らせいたします。

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   それでは皆さんの力作、楽しみにしています。ごきげんよう!

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